2008年05月05日
北海道日本ハムファイターズ・飯山裕志ストーリー終
飯山には父親との忘れられない思い出がある。
プロ一年目のシーズンを終えて帰郷したときに、父が初めて父の高校時代のことを話してくれたことだ。
「練習着も買ってもらえなかったんだ。だから肌襦袢(じゅばん)を身に付けてやっていた−」
そんな父親の言葉が胸に響いた。何不自由ない環境を与えてくれ、ここまで野球をやらせてくれた父。
「だからこそ練習するしかなかった。練習は嘘をつかないと信じていますし、今に甘んじることなく、もっともっと野球が上手くなりたいんです」
と貪欲に前だけを見据える。
心のこもったプレゼントを父に用意した。
以前飯山が使い古したバッティンググラブを持ち帰ったら、父の仕事場で重宝したらしいことを聞いていた。
それで父のためだけに名前が縫い込まれた新品の特注皮手袋を今年2008年の正月に贈ったのだ。
普段が地味なので赤でオーダーしたという息子からの手袋を、父は照れくさそうに受け取ったという。
「最近からですよ、ようやく親父と話が出来るようになったのは」
と飯山は語る。
札幌ドームには「ユ〜ウ〜ジ」の大合唱が響く。
飯山が打席に向かうとき、同郷鹿児島県出身の長渕剛が歌う『勇次』が流れる。
ファンの声援を力に代え、打って守れてチームの勝利に貢献する選手を目指す。
守備要員で終わるつもりはさらさらない。

「僕はいつも、ここまで育ててくれて見守ってくれた空の下で、これからも野球をやり続けたい。それが自分の姿です」
野球を通し泣いて笑った遠い故郷の空の下。
父をはじめ家族や恩師たちが教えてくれた「志」を胸に、飯山は今日もグランドに立つ。
いいやま・ゆうじ
1979年7月13日生まれ。
鹿児島県出身。1998年ドラフト…
ドラフト4位で日本ハム入団。
チーム屈指の鉄壁の守備力を武器に2006年から一軍に定着した。
2008年度推定年俸2200万円。背番号4。
父親と家族、兄弟の中で厳しくも暖かな環境の中に育った飯山裕志。
「誰のお陰で野球がやれると思っているんだ!」と責めるような父親ではありませんでした。
僕ら親は子供が余りにも感謝の意を表さないような日々を過ごしていると不安になります。
「ホントに感謝の心を持っているのだろうか…」
しかし子供は大きくなるにつれ、言わずとも感じるものなのです。
背中を見て、子供なりに考えているものなのです。
押し付けがましい感謝ほど逆効果になります。
飯山選手のストーリーはまだまだ始まったばかりですが、飯山家の温かさは受け継がれていくことでしょう。
Posted by CBコーチ at 08:00│Comments(1)│TrackBack(0)
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この記事へのコメント
飯山選手 泣かせますね~
お父さんも偉い!
そんな息子に育てたいものです。
お父さんも偉い!
そんな息子に育てたいものです。
Posted by マッシー!! at 2008年05月07日 10:31






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